![]() 2006年11・12月/2007年1月 |デジタル写真技術目次へ| 7年前、6年前のデジタル一眼レフはまだ使えるだろうか 1999年に出たニコン・D1(266万画素)から7年、2000年に出たフジ・FinePixS1Pro(S1)(613万画素出力)から6年が経った。果たして、デジタル一眼レフは何年ほど使えるのだろうか。当時のデジタル一眼レフは現行機に比べてひどく見劣りするのだろうか。久しぶりに両機を取り出してテスト撮影(JPEG最高画質)してみた。それぞれに充電済のバッテリーと340MBのMD(マイクロドライブ)を入れ、最新のレンズを付けて、2006年11月28日正午過ぎ、近くの相国寺と御所に向かう。
D1は266万画素だけあって、解像感は今ひとつである。ボディはF5並みの堅固なもので、重量も1.1kgあり、シャッターは1/16000秒まで、シャッター音も快い。速写は3コマ/秒だが、AF速度は遅い。画質は重厚でちょっとポジフィルム似だが、少しヌケが悪い。フォトショップでレベル調整を試みたが効果なし。本格的なレタッチはやや難しい感じがする。最低ISO感度は200である。紅葉の色合いは、実際にはD1とS1の中間くらいだったが、一般受けするのはS1の画質だろう。報道関係などのプロ使用に耐える高級機だったが、2年後の後継機種・D1Xでは欠陥が改良され本格的デジタル一眼となった。 S1は340万画素のハニカム配列CCDをハニカム信号処理により、613万画素出力を行っており、並みの300万画素機よりも遥かに解像感が高い。ボディはニコンからのOEMを受けた最下位機F60のため、安っぽさは否めない。AFは中央部1点のみ。モーター内臓のニコンレンズはマニュアルでのみ使用できる。電源は2系統あり、カメラ部にリチウム電池の123Aを2本、デジタル部には単3型の充電池のニッケル水素電池か乾電池のアルカリ電池4本を使用する。123Aは使い捨てなのに消耗が激しく、数組のスペアを用意する必要があり、しかも高価なのには参る。シャッタ−はバキューンという間の抜けた音を出す。速写速度は秒間1枚ほど。AFも速いとは言えない。これらの欠点にもかかわらず、画質が抜群に良いのが特長だ。標準で撮影したのだが、明るい鮮やかな色合いを示す。解像感も色調も現行の600万画素機に引けをとらない。高感度におけるノイズは少なく、最低ISO感度は320で、シャッタースピードが1/2000秒だから、スローッシャッターを使う場合にはNDフィルターが必要となる。2年後にF80をベースにしたS2が、さらに2年後にはS3が発売され機能が向上した。ニコン・D200のボディをベースにしたS5の発売がアナウンスされ話題を呼んでいる。 デジタルカメラを長持ちさせるために まず電池をボディから抜いて保管する。S1では単3型アルカリ乾電池も使えるようになっているが、これを入れたままにして腐食するとカメラ内の接点を駄目にしてしまう。カメラに限らず、電池を用いる機材では電池を抜いて保管するのが鉄則だ。カメラを湿度が高いところに保管するとカビが生えたり、機材を劣化させる原因になる。カメラ保管用防湿庫に保管すれば完璧だ。レンズも一緒に保管する。ただ、絶えず湿度計を見て適切な湿度に設定することが大切。使わなくなったレンズを売りに出したら、頻繁に使った2本のレンズにカビが生えていて、二束三文の値がついた。うっかりして、湿度設定が間違っていたことに気づき、以来、湿度メーターの35%のところに赤マジックで印をつけ、指針がこのマーク近くにあることに絶えず気をつけている。いずれにせよ、古いデジタル一眼レフが完全に稼動したのは、保管に気をつけたからだと思う。数台の保管庫にデジタル一眼のボディ、レンズ、銀塩カメラなどを保管している。古いコンパクトデジカメも10台ほど保管していたが、保管庫のスペースに余裕がなくなったので、気に入った数台以外は保管庫から出して、アルミケースに入れて別の場所に移した。これらのデジカメには資産的価値はなく、単なる記念品となっている。お散歩カメラとして絶えず使用するR-D1とGR DIGITALは、カメラバッグに入れたまま風通しのよい場所に置いている。 発売直後の評価は信用できるか 発売直後のデジタルカメラは絶大な評価を受けることが多い。しかし、数ヶ月経過すると、短所も現れてきて、評価が下がることも多い。オールマイティの機種は存在しないわけで、自分が使いたい分野での性能を重視して機種を決めるべきだと思う。 所有する愉しみを与える風格あるデジタルカメラは存在するか デジタルカメラには風格がないとの話を聞く。それなら、どのようなカメラに風格があるのだろう。現在のデジタル中級機は銀塩カメラの中堅機と機能も外観もほとんど同じであり、特にデジタルに風格がないというのは当たるまい。これらの人々は、機能本位の一眼レフが嫌いなのであって、ライカを初めとするレンジファインダー機がお好きなようだ。デジタル機は一眼レフのみと考えるのは早計で、エプソンにはクラシックカメラ似のレンジファインダー機・R-D1があるし、リコーにはかつての名機のデジタル版・GR DIGITALがある。また、パナソニックは最新のデジタル機能を満載しながらアナログカメラの雰囲気を持つ、フォーサーズ判デジタル一眼・LUMIX DMC-L1Kを発売している。それぞれ、アナログ好みのプロの評価を受けている。さらに、ライカはM7の後継機種としてデジタル化したM8を11月末に発売の予定と公表し、ライカファンの間に衝撃が走った。今のところ、R-D1とGR DIGITALの人気は絶大だ。 デジタルカメラの撮像素子の大きさ コンパクトデジカメの撮像素子の大きさは種々であり、その表記は相当する昔の真空管式撮像管の直径のインチ表示(1/1.8型など)に由来するので、これから面積を計算することはできない。 デジタル一眼の場合も35mm判フルサイズ、これとハーフサイズの中間の大きさのものがあり、ハーフサイズでもメーカーによって大きさが異なる。しかしデジタル一眼およびこれに準じるデジタルカメラでは仕様書に撮像素子の寸法が記載されているので問題はないのだが、コンパクト型には寸法の記載がないので困ってしまう。記事を書くに際してカメラ雑誌などを参考にしていたのだが、撮像素子の大きさを詳しく調べて公表しているHPを発見した。著者のご努力に敬意を表するとともに、URLを紹介させていただきます。 デジタルカメラの撮像素子(CCD,CMOS)サイズ比較:http://takuki.com/gabasaku/CCD.htm (追記1、06/12/01) キヤノン・EOS-D30について ニコン・D1、フジフィルム・FinePixS1Pro(S1)に次いで、2000年10月に発売された。撮像素子にCMOSを使用し画素数は311万である。次に出たD60が630万画素だから、画素数はざっと半分、CMOSの面積は同じだから、これに搭載されるセンサー(画素)の直径はD60の2倍、1000万画素機の3倍はある計算になる。 大きいセンサーに光が当たると大きな起電力を発生する。電気信号が大きいと、カメラ内臓の画像処理ソフトによる処理に無理がなく、ノイズが少なく、ダイナミックレンジが広く(グラデーションが豊かな)ナチュラルな画質を示す。 2000年末から2001年正月にかけてポルトガル旅行をした際、S1とD30で撮影した。 D30は311万画素で解像感は高いとは言えないが、今回エプソン・PM-4000PXで上記の3枚をA3サイズに印刷してみたが、額に入れて部屋に飾るには十分の解像感を示すことがわかった。色彩はS1ほど派手ではなくナチュラルであり、油彩画のような画質は好ましいもので、部屋に飾っても眼に優しく飽きのこない画質だと思う。私は後継機種D60(630万画素)よりも好きだ。D30の発売2年以内にD60に移行し、D30について語られることは少ないが、隠れた名機だったのかもしれない。 このシリーズの流れは、D30(311万画素)、D60(630万画素)、10D(630万画素)、20D(820万画素)、30D(820万画素)である。10D以外はすべて使用したが、D30は初期のデジタル一眼レフとしては良くできた機種だったと思う。画素数が増えるにつれ、ダイナミックレンジの幅が狭まり、さらに30Dでは色彩が派手になって、眼に優しい雰囲気が失われてきたようで、少し残念である。
(追記2、06/12/05) フィルムか! デジタルか! 論争に終止符を打つ 「プロの意見」
「プロ×アマ座談会」
「編集部のまとめ」
(追記3 06/12/08) 高齢者、身障者とデジタル一眼レフ 1999年の暮、右眼の眼底出血を起こした。ちょうどミレニアムのお祭り騒ぎをニコン・D1で撮るため暮から正月にかけてハワイに滞在したのだが、その際に起きたらしい。帰国後の眼科受診でひどい眼底出血と診断された。 翌2000年の1月から写真教室で写真の基礎を学ぶ予定だったのだが、初日から不自由な眼で参加することになった。眼底出血の手術は難しく、普通は止血剤などを飲みながら経過を観察することになる。最初からデジタル一眼だけを使うには遠慮があり、銀塩一眼レフを作品作りに使ったのだが、フィルムの装填に苦労した。単眼では針に糸を通すのは無理で、フィルムの装填すら何度もやり直す始末だった。眼科に通院し徐々に出血は引いたが、右眼の視力は極端に落ち、見える像に歪みが生じるようになった。結果として、生理的に右眼は働かず、左眼の単眼視となって今日に至る。ファインダーをのぞくのは左眼である。 教室の撮影実習で銀塩とデジタルを併用したが、銀塩、デジタルの併用はかえって煩雑で、結局はデジタルのみで撮影するようになった。私のほかにもデジタル派が増えて、批評会には自家製プリントを出すようになった。こうなると銀塩には戻れない。 この経験から、高齢者や身障者(特に視力の弱い)にはデジタル一眼が向くのではないかと考えるようになった。1枚のメディアで数百枚の写真が撮れ、フィルムの入れ替えの手間が要らない。フィルムが不要で撮ったフィルムを現像や紙焼きに出す必要がなく、カメラ店に頻繁に通わなくてもすむ。車の運転がおっくうになった高齢者や身障者には、コンピュータを使って自宅で画像処理や印刷ができる点は大きなメリットである。銀塩カメラのように残ったフィルムを使い切る必要もなく、フィルム切れで撮影を中断することもなく、好きなだけ撮り、あとは自宅のコンピュータで楽しめる。フィルムが要らないからスナップ撮影に意欲が湧く。カメラ同伴の散歩に励みが出るというものだ。適度な運動と頭脳の鍛錬が一人ででき、年齢を越えたデジタル仲間との会話がはずむ。高齢者や身障者にとって銀塩写真以上の趣味になるわけである。 リバーサルフィルムの場合、ルーペでフィルムを観察するのは眼を酷使することになり、視力障害者には健康な眼にも悪影響を及ぼすのでは、との心配がある。 一方、銀塩派の人々は、数百枚ものデジタル写真をどのようにして選別するのかが不思議だと言う。コンピュータに保存した画像を閲覧ソフトでスライドショウをすれば、自動的に写真が次々にディスプレイに映し出される。何度も繰り返し映し出される写真をチラチラ見ているだけで、気に入った写真を選べるようになる。Select1のホルダーを作ってここに入れる。さらにSelect2、Select3とセレクトを絞ってゆく。この操作を行うと選別の経過まで記録に残ることになる。眼に負担をかけずに写真の選別が的確に行えるのは嬉しい限りだ。 デジタル一眼の価格も下がり、銀塩一眼との価格差も僅かとなった。高齢者に多い銀塩派の人々のなかにも、デジタル一眼への移行を考える人が増えている。問題はコンピュータを使えるかにかかっている。お店プリントと称して、メディアをカメラ店に渡すとプリントしてくれる(A4サイズ程度まで)デジタルミニラボが普及しており、最初はこれを使うという手もある。この場合、画像をCD-Rに焼くサービス(もちろん有料)もあるが、コンピュータなしで、どうやってCD-Rに焼いた画像を見るのだろう。 インクジェットプリンターによる自家製プリントは将来の目標(プリンターは絶えず進歩しており、コンピュータが使えるようになってから、最高レベルのプリンターを買うべきで、作品作りに使うなら安物で妥協してはならない)として、画像の保存、バックアップ、トリミング、レベル調整などの画像処理ができるコンピュータの準備と技術の習得に努めることが必要だ。 フィルムカメラでは、写真が出来上がるまでに撮影時の印象が薄れてしまうのに対して、デジタルカメラでは、撮影から帰って撮ったばかりの画像をコンピュータで確認できる。この差は非常に大きく、デジタルカメラが好まれる理由の一つだ。デジタルカメラにコンピュータは欠かせない。 コンピュータが使えるようになれば、デジタルカメラによる撮影がますます楽しくなる。 このHPがお役に立つことを願っています。 (追記4 変更06/12/11) 1000万画素の画像処理ができる廉価版コンピュータ 東京に住む知人から電話があり、800万画素のデジタル一眼レフを買ったという。60歳代後半の男性で、写真教室に入り人生最後の趣味にしたいという。以前から私のHPの読者であり、メールも時々くれるのだが、使っているコンピュータの仕様を聞いて驚いた。5年ほど前に買った大手メーカーのデスクトップ機で、CPUはAthlonの古いもの、HDDは60GB、メモリーは256MB、ディクドライブはCD-R、RWの再生と記録、DVDは再生のみ、USBポートの規格はVER.1である。インターネットには何とか使えても画像処理にはとても無理なことがわかった。 東京秋葉原には安くコンピュータを組み立ててくれるショップがあり、その名を教えたら、行ってみたが製品の陳列は僅かで、マニアックな客の中で気後れがして帰ってきたという。ショップでは注文製作が主で製品の陳列は少ないのが普通だ。 それならというわけで、通販大手のD社のHPを開き、廉価なデスクトップ機の仕様の一部をアップグレードして設計したのは次の通りである。 1) Windows XP Home Edition Park2正規版 消費税込み金額 123,030円 である。このスペックで1000万画素級の画像処理には十分であり、古い機種をインターネット用に残し、本機は画像専用とする。外付けHDDの250GBも15,000円程度に値下がりしているので、これをつなげばバックアップ体制は完璧である。当分はDドライブにデータを保存し、DVDに焼く方法をとればよい。 (追記5 06/12/15) デジタル写真印刷法 「用紙に画像を合わすのでなく、画像に用紙を合わすのが正しい方法」 A氏の場合:銀塩一眼レフでコンテストに入選多数のベテラン。今回デジタル一眼に入門した。デジタル一眼は35mm判ハーフサイズ機、プリンターはエプソン・PX-G5100である。印刷は初心者用のEasy Photo Printでフチなし印刷をしている。 この件について考えてみよう。 A4用紙は210×297mmだから、2:3(ハーフサイズ機)の画像をフチなし印刷すると、欠ける部分は、 つまり、横位置で長辺が18mm短いことになり、左右が9mmづつ欠けてしまう。 B氏の場合:銀塩一眼レフの経験なく、一挙にデジタル一眼へ。写真教室に入り、これから勉強との意欲に燃えている。教室の批評会に、プリンターでA4用紙にフチなし印刷したものを提出したという。銀塩組もフチなしなので、フチなしを常用したいらしいが、これは間違いである。彼のデジタル一眼はフォーサーズ機でアスペクト比は3:4。これ、根本的に間違っていると思いませんか? フチなしでは上下が欠け、ビルの上部が切れており、中途半端な写真だ。ノートリミング印刷では、原画と同じ均整の取れた構図となる。
一方、スナップ撮影の場合、2:3のハーフサイズ機でも、両側9mmづつ欠けると作品としての価値が半減する場合がある。 私がキューバで撮った踊りの場面、何があっても原画通りに印刷せねば、この写真は死んでしまう。
デジタル初心者は、うっかり思い違いをしたまま過ごしていることが多い。 写真は紙焼きが原則で、最終は額に入れて楽しむか写真展で皆さんに見てもらうことになる。さて、どのように印刷しますか? 銀塩(フィルム)とデジタルは決定的に違う面がある。フィルムでは、引伸器に4つ切用の枠をはめて印画紙上に投影して感光させる。印画紙を動かせてどのようにトリミングするかを決める。同じフチなしでも、フィルムの場合は撮影者(トリミング方法をラボに伝える)の意図によってトリミングしているのに対して、デジタルのフチなしは、画像の中心から上下、左右に拡大して、余白が全く見られない状態で印刷してしまう。ネガカラーの記念撮影を機械焼きでサービス判に焼くのと同じ。原画に比べて横位置では左右が切れている。デジタルのフチなしはこれと同じで、初心者がとりあえず印刷できるよう、フチなしが初期設定になっている。 どうすればノートリ印刷ができるか 「PhotoQicker」でノートリ印刷する エプソンのPM-4000PXまではPhotoQickerが添付され使えるようになっているが、PX-G5000、PX-G5100はPhotoQickerが添付されず、簡単なEasy Photo Printのみとなっている。デジタルで作品作りをするには、初心者用のフチなし印刷などをせず、Photoshopなどの高度なソフトを用いて原画通り印刷をせよ、とのことである。 エプソンは保証していないのだろうが、PX-G5000、PX-G5100でもFhotoQickerが使えるので、これをインストールして、同様のノートリ印刷ができる。エプソンのHPから、PM-4000PXあるいはPM-3600C用のPhotoQickerをダウンロードすることができる。あるいはPhotoshopを用いるかである。Photoshopではフチなし印刷は絶対にできないようになっており、さすがプロ用ソフトである。 銀塩ではAPS、35mm判、645判、6×6判、6×7判など、多数のフォーマットがあり、デジタルでもフォーサーズ判、35mm判、35mmハーフサイズ、645判、6×6判などがあり、それぞれ使用者の思い入れのフォーマットだから、ノートリミング印刷をすべきで、個展、写真集でも、それを貫くべきである。ハッセルブラッド愛好者は6×6のフォーマットを絶対に崩さないし、2:3のハーフサイズ機のフォーマットも守りたいものだ。 ただ、雑誌に掲載される場合は編集者によって勝手にトリミングされるのは仕方がないし、グループ展でサイズが指定された場合には、これに従わざるを得ない。 「印刷用紙、印画紙のサイズ」「デジタル写真をワイド4つ切に印刷する方法」「撮影、印刷、額装」参照。 (追記6 06/12/18) 「印刷、額装、私の場合」 デジタル一眼を使い始めて4回個展を開いた。その方法について述べてみよう。 額装には軽便なホビーパネルという製品(www.misakiya.co.jp/index.html)を愛用している。裏面は発泡スチロール、縁はアルミアングル、ガラスの代わりに透明なアクリル板で、軽くA1サイズでも大型の押しピン2個で留められる簡便さである。A4、A3、B2、A1サイズを用いている。これらのサイズの縦横比は2:3より長辺がやや短く2:2.8程度であり、2:3の画像は長辺の両端が欠けてしまう。また、アルミ縁で隠れる部分も出るので、これを極力少なくするため「四辺余白3mm」を選んで印刷する。 PhotoQickerを用いて「四辺フチなし」「四辺余白3mm」「ノートリミング」の3方法で印刷した結果を示そう。
右手にある樹を注目して下さい。「四辺フチなし」では樹は写っていない。「四辺余白3mm」では樹の幹の半分が写っており、「ノートリミング」では樹全体のほかに右手のスペースも写っている。写真の左を見ても、欠けている部分は「四辺フチなし」が最も大きく、次いで「四辺余白3mm」となる。「四辺フチなし」を額装すると額の縁で隠れる部分が出て四辺がさらに欠けてしまう。私は、A4、A3サイズの場合「四辺余白3mm」を用いて額装してきた。 ほとんどの場合これで問題はないのだが、「追記5」で示したスナップ写真のような「ノートリミング」でないと困る場合がある。この場合、上下の余白が大きく額装した場合に白い部分が見えて格好が悪い。追加料金を払って、アルミアングルを切って短くしてもらう(パネルの加工は個人では受け付けてくれず代理店経由のみ)か、一回り大きな用紙に印刷し、余白を生かして大きな額に入れるかである。A4サイズならA3パネルへ。A3ノビのパネルはないが、デジタルプリント用と称して従来型の木枠、アクリル板の軽量、安価なものを売っているので、これを用いる。A3ノビ用もある。 私は「デジタル一眼レフと大判プリンターによる大門茂行写真展」「デジタル写真10年間の歩み」「CUBA光と影 大門茂行写真展」で、B2サイズ、A1サイズの写真も展示した。これらの額装には、Photoshopで印刷したノートリミング画像を画材屋さんに渡し、業者に発注して加工してもらったパネルを購入した。もちろん必要とあれば、事前に撮影者自身によるトリミング処理を行う。規格品のパネルよりも高くつくが、これで完璧である。 (追記7 06/12/18) ソフトを読む 小1時間もいじくり回しているとソフトが読める。それでも分からない点があれば説明書を読む。アプリケーションソフトの設計には一定のパタンがある。キーが隠されている場所がわかるのである。いわばソフト制作者の心を読むのである。 ソフトの説明書は本棚に並べてあり、いつでも取り出せるようになっているのだが、ほとんど読まない。ソフトを読むのもクイズを解くのも同じ。遊びの精神が大事である。 (追記8 06/12/18) 「フィルムの解像度2000万画素」は神話か? 6年前、写真仲間からこの言葉を聞いた覚えがある。出典は知らないが、当時このような噂が流布されていたらしい。この言葉には根本的な論理的欠陥がある。フィルムのサイズや種類を挙げずに2000万画素という言葉には意味がないのである。最近でも、この言葉を使う人がいて耳を疑った。 6年前といえば、ニコン・D1(266万画素)、フジ・S1(300万画素の613万画素出力)次いでキヤノン・D30(311万画素)が発売された時期である。2000年9月、私はアメリカ大西部撮影旅行に参加してフジのS1で撮影した。旅行後グループ展を開いたのだが、S1によるデジタル写真はフィルムに及ばないという評価であり、私もそう感じていた。 ところが、当時の写真を最新の現行プリンター・PM-4000PXで印刷してみると、画質は35mmフィルムに負けていないことが分かった。印画紙、現像液などが完成された銀塩写真に比べてデジタルプリンターは発展途上にあったわけである。 D1以来、デジタル一眼を使ってきた写真家たちは、この頃からフィルムの解像度が案外低いのではないか、と感じ始めていたに違いない。 私は、35mm判フィルムと35mm判ハーフサイズデジタル一眼の画質について実験を行い、常用のISO感度100ないし400の35mm判フィルムの解像度は600−700万画素程度であろうと推論した。「画質について考える(1) (2) (3) (4) (5 ) (6)」参照。 フィルムの解像度を上げるにはフィルムサイズを大きくすることである。雑誌の見開きページ用写真や写真集などの目的には、中判、大判フィルムが使われる。また、低感度の超微粒子フィルムも解像度が高い。フィルムの最大サイズは8×10(エイトバイテン)で、なんと単位はインチである。つまり20×25cmで、密着焼きで鑑賞できる大きさである。 フィルムの解像度は理論的にはいくらでも上げられるわけだが、実用的なものは35mm判ないし中判フィルムだろう。 「35mmフィルムの解像度はデジタルの600−700万画素に相当する」が私の推論である。 (追記9 06/12/19) 数字の魔術 デジタルは計量化できるのが利点である。数字で出るわけ、理屈が大事、アバウトではすまない。しかし、数字で出るという点がデジタル初心者には大きな落とし穴になることが多い。 写真を判断するのは、最終的には数字ではなく、人間の眼であることを忘れてはならない。 デジタル初心者が陥りやすい数字の過信は、フィルムをスキャナーにかける過程である。 例えば、フィルムを出力300dpiでスキャンするとする。 私が使っているフィルムスキャナーは古いミノルタ製のDimage Scan Multi2である。機能と性能は現在のものに劣るが、操作は簡単で、今でも使える基本性能を備えている。 初期設定では入力2820dpi、出力300dpi、画像出力は227×340mmでA4サイズよりやや大きい。ピクセル数は2688×4016である。これでデータ量は31MBである。 2688×4016=10.795.008(ピクセル)で、約1080万画素となる。35mmフィルムをスキャンする場合、私が推定する35mmフィルムの画素数は600−700万画素とすれば、これ以上のdpiでスキャンしても意味がないことになる。画像にいかなる操作を加えても、原画以上の解像度は得られないからである。 このデジタル画像をA4サイズに印刷すると325dpi、A3サイズでは230dpiであり、これ以上の大判プリントも可能だが、35mmフィルムではA1サイズは苦しいだろう。35mmフィルムを現像処理してA1サイズ(549×841mm)に伸ばせるか、である。ちなみに全紙(459×559mm)、全倍(559×914mm)である。 色味、彩度などの画像処理、褪色したフィルムの復旧などがフィルムスキャンの目的であって、原画以上に解像度を上げることは不可能なのである。出力dpiを上げてデータ量を大きくすると、コンピュータ、プリンターに大きな負担をかけ、処理に時間がかかるだけであり、無駄な努力なのである。 カメラ雑誌にこのような記事が出た。某プロカメラマンはオリンパス・ペンFTで撮影したフィルムをスキャナーにかけ、レトロ調の写真を発表している。その記事に、5959×3946ピクセルは2351万画素に相当、ハーフサイズなので半分に切り取っても1175万画素のデジ一眼に相当、の説明に唖然とした。典型的な思い違いである。私もペン・FTの使用経験があるが、体感的には300万画素以下の解像度だと思うのだが。 (追記10 06/12/19) 技術派カメラマンが撮る写真 デジタルカメラの評価には、ポートレート、風景、夜景、花、スナップ撮影など、多方面から検討することが必要だ。銀塩カメラでは画質はフィルムで決まるが、デジタルカメラでは機種により画質が異なるからである。 新しいデジタルカメラの発売に際して、メーカーから依頼を受けたカメラマンは、グアム、タヒチ、バリ島などへ飛びテスト撮影を行う。雑誌の掲載に間に合わすため、恐らく数日の撮影でテストレポートを完成するのだろう。純アート系の写真ではなく、新製品の特長をユーザーに伝える魅力あふれる写真を撮るのである。 これらのテストカメラマンは、デジタル技術に精通していることはもちろんだが、写真撮影のあらゆるジャンルに通じていなければならない。特定のジャンルのみ、あるいは純アート系の写真しか撮らないカメラマンにデジタルカメラの評価はできないのである。 銀塩カメラでは撮れないものが撮れるデジタルカメラの魅力を伝える写真。技術派カメラマンが撮る写真である。一介のアマチュアながら、好きな道だから、私も独自の研究を続けてきた。 私が主張する「Technology first,Art second」である。 (追記11 06/12/22) 「戦いすんで日が暮れて」 1999年に発売されたニコン・D1(266万画素)に始まり、フジのSシリーズ、キヤノン・D30(311万画素)から30D(820万画素)にいたるシリーズ、さらに1000万画素機の登場である。低価格で上位機をしのぐ普及機の登場、高級機では3900万画素の6×6判ハッセルブラッドを筆頭に、マミヤの645判、キヤノンの35mmフルサイズ機がある。ソニー、パナソニック(フォーサーズ)、エプソン(レンジファインダー機)、リコー・GR DIGITAL(高級一体型)などユニークなカメラも登場した。オリンパスのフォーサーズ機も健在で、同社開発のダストリダクション機構は他社でも採用され、メンテナンスフリーで初心者でも安心して使える機種が増えた。今回発売されたペンタックス・K10D(1020万画素)はダストリダクションのほかにカメラ内手ぶれ補正機構も持ち、デジタル一眼の集大成と目されており、第一次デジタル戦争は終わったのである。来春にはフジ・S5(1234万画素)、シグマ・SD14(1406万画素)の発売が控えており、来年から第二次デジタル戦争が始まるのである。 第二次デジタル戦争では、さらなる改良と軌道修正により、あと数年でデジタルカメラは完成の域に達するだろう。 出版社の援助を受けて、必死で勉強と経験を積んできたプロカメラマンたちは、いまや第一線のデジタル伝道師として執筆、講演、講習会、新製品のテストレポーターとして活躍している。デジタルカメラの発展を予見できなかった人たちは、第一次戦争に参加することなく終わったのである。 一方、デジタルなどには眼もくれず、ひたすらライフワークの完成に向けて生きてきた世界的にも知られた作家たちの態度は見上げたものだ。最後の銀塩作家として、後世に残る業績を上げてほしいと思う。アマチュアでも、埼玉県で産婦人科病院を経営するH氏は80回ほど海外撮影旅行を行い、すばらしい銀塩写真を撮っている。年末には自らの撮影による立派なカレンダーを送って下さる。写真集刊行まで、あと一息だ。
技術革新の進歩は速いのである。 (追記12 06・12・25) 「画像処理から額装まで自宅でできるデジタル写真は楽しい。しかし…」 このHPでは、銀塩写真歴が長くデジタルへの移行を考えている人、写真歴は短いが末永くデジタル写真を楽しみたいという人々の参考になるように開設したものです。内容はプロの水準にあると自負しています。銀塩を捨てろと言っているわけではありません。銀塩もデジタルも使えるようになれば、写真の愉しみは倍加されるのです。高齢者には厳しい試練になるでしょうが、やる以上は徹底的にやりましょう。 仕事や趣味には向き、不向きがある。誰にもできるというものではない。 では、どのような人に向くのだろう。 几帳面、整理整頓好き、勉強好き、短時間でも毎日続ける時間を作れる人、忍耐強い人、設備投資に回せる金銭的余裕がある人、などになるだろう。この人たちなら、装置一式を購入し、ひたすら努力すれば、短期間で技術を習得できると思う。 向かない人と言えば、この逆ということになる。 それでもやりたいという方は、性格については上記に近づくよう自己改革をすること。ひたすら勉強と忍耐、それに几帳面さである。アバウトな性格では絶対に駄目。大切な画像データを失うなどの事故を起こす。日に数分でも毎日続けること。設備投資に関しては、デジタルカメラで撮影した画像のコンピュータを用いた画像処理、バックアップなどを徹底的に学んだ後、最高級のプリンターを購入する。フィルムのデジタル化もやるなら、スキャナーが要る。データ量が大きいのでコンピュータも強力なものが必要だ。デジタル初心者なら、がんばっても1−2年はかかるだろう。それまではデジタルミニラボを利用するか、作品作りには銀塩の手焼きに相当するプリントをインターネットで注文すればよい。 このHPがお役に立つことを願っています。 (追記13 変更 06/12/27) 「19日はカメラ雑誌の発売日で〜す」 このところ体調がすぐれず、寝たり起きたりの状態で、その間にライフワークの執筆を続けている。 19日はカメラ雑誌の発売日。妻に買ってきてもらった2007年1月号である。19日に出るのはアサヒカメラ、日本カメラ、CAPA、デジタルCAPA、その他数誌、その後2−3日で残りの各誌、カメラ雑誌は10種を超える。毎月、ほとんどに目を通している。「デジタル情報 雑誌」参照。 まず「アサヒカメラ」。当日の朝日新聞朝刊の大広告には、田中長徳氏の新連載「還暦からの写真楽宣言」と出ており楽しみにしていた。まずは第1回、今後に期待している。新春特集は「私の愛用カメラ 仕事カメラ」で、ライカ・M8の実写も載っている。お正月号らしい編集記事で、いつもよりページ数は少ない。 「日本カメラ」では「団塊世代のおもひでカメラ」が特集。これら保守系の2誌にはプロ、アマの優れた写真が掲載されており、眺めるのは楽しい。どちらも新製品、ペンタックス・K10Dのテストレポートが載っている。注目のフジ・S5、シグマ・SD14は実写の段階にいたらず、肩すかしに終わる。 「デジタルCAPA」は「CAPA」と同じサイズで内容もダブる点が多かったがレベルは高かった。今回から大判の「デジタルキャパ!」となり内容は初心者向きのデジタル入門誌となった。このような月刊誌はなかったので、需要はあるのだろう。 「カメラマン」で読ませる記事は「Film or Digital? FINAL ANSWER」である。どちらかというと、デジタル寄りの本誌は、保守系誌が銀塩、デジタル両陣営に遠慮して、中途半端な記事を書くのに対して、はっきりと結論を言う編集方針に感心している。例えば、解像感に関して、私の推論とほぼ同じ結論を出している。この記事を引用させてもらうのは後日にしたいと思う。35mmフィルムの解像度は案外低いのだが、このことを保守系誌は言わないようだ。 その他「デジタルカメラマガジン」などのデジタル専門誌ではデジタルに特化したレンズの記事など、有益な記事が多い。掲載されるデジタル写真は画質を評価できるほど大きく、印刷も優れている。デジタル写真に興味を持つ人は、これらの専門誌も併読すべきである。 (追記14 06/12/25) 「貴重なデータを失って知るバックアップの大切さ」 海外撮影で撮った画像を、うっかりミスで失って悔しい思いをしたことが2−3度あり、以来バックアップには細心の注意を払うようになった。京都市内のスナップ撮影でも、一期一会の思い入れのある写真を失うのは悔しいものだ。 プロカメラマンに対するアンケート調査でも、たいていの人が同様の経験をしており、以来、万全のバックアップ体制を取っている。外付けHDDのほか、DVDも2通り焼き、1組は保管しているという人も多い。床に置いたDVDを踏んで破損すれば一巻の終わり。ラトックシステムズのリムーバブルHDDを使っている人もいる。 DVDは画像が読めなくなることがあり信頼性は低い。磁気記録のMOのほうが信頼性は高いのだが、1GBでは容量不足だ。しかし、セレクトした貴重な画像なら、MOにも保存すべきで、私はMOも用いている。 以前、こんな事故があった。オートローディングのスライド式DVDドライブにディスクを挿入したところ、カラカラという音がし始めた。異音がますますひどくなるので、コンピュータを開けて調べたら、ディスクが粉々に破損していた。スライド式のディスクドライブは密封されており開けられないので、トレイ式のドライブに取り替えた。トレイ式のほうが目で確認できるので安全だが、ドアを押し込まず、押しボタンで挿入するように注意している。 DVD、MO、外付けHDD、さらにラトックシステムズの内臓式リムーバブルHDDのほか外付け式も使っている。ジャンル別に分類したHDDはコンピュータが故障した際、他のコンピュータにつないでデータが読める。本体さえ買えば、あとは250GBのバルク品が9000円ほど、引き出しが1000円余りで、安いバックアップシステムを自作できる。以前よりも信頼性が増し、お奨めできる。 DVDディスクには安い外国製もあるが、信頼できる国産品を使うようにしている。マクセル、TDK、ソニーなどである。 バックアップも取らずにデジタル画像を扱っている人を見るとヒヤヒヤする。でも、貴重なデータを失う経験をすれば、バックアップの重要さがわかるだろう。 (追記15 06/12/25) 「失敗は成功のもと」 私がデジタル写真を始めて10年が過ぎ、その集大成はもうすぐ完成する。思えば試行錯誤の連続だった。撮影、コンピュータ処理、印刷、額装にいたる過程のほかに、写真展案内状の印刷、キャプションの制作、写真展でのポスターサイズの挨拶状など、すべて自前でできるよう工夫を重ね、その目的を果たしたわけである。さらに、各種デジタルカメラの機能や画質などについても比較研究を続けた。また、デジタル写真を始めようとする人々の参考になるようHPを立ち上げ更新を続けるのに、膨大な時間とエネルギーを費やしてきた。 このHPを参考に、デジタル初心者が撮影、コンピュータ処理、印刷の技術を身につけるには1−2年かかるだろう。時間をかけて努力し、失敗を重ねることが上達の道である。 プロやセミプロ級のアマチュアの銀塩写真に対抗できるデジタル作品を作り上げるのが目的である。容易なことではない、と理解してほしい。銀塩派の人々からの質問にも答えられるよう勉強してほしい。小手先の技術では馬脚を現すだけだ。 「失敗は成功のもと」 ご健闘を祈ります。 (追記16 06/12/26) 「デジタルカメラは被写体を選ぶ」 「ポートレートなど」 1998年に発売されたコダック・DC260は1.75型というコンパクト型では最大級のCCDに、160万画素のフォトセンサーを乗せたデジタルカメラで、今から思えば贅沢な設計だった。当時、能率本位の補色系フィルターを使用する機種が大半だったなかで、これは原色系フィルターを採用しており、画質は極めて良かった。これで撮ったスペイン・グラナダのお祭りの写真は、160万画素とは思えないほどの画質を示した。2006年1月に開いた写真展「デジタル写真10年間の歩み」で、A4サイズに印刷したものを展示したところ、その画質の良さに感嘆の声を上げる人が多かった。 ポートレートから数人の人物撮影はこれでよい。ハリウッドやNYCで撮った近距離のスナップ撮影も何とか見られる。「コンパクトデジカメ(2)Page5−7」参照。しかし遠景の風景では解像度が不足する。万能ではないのである。 某社のネオ一眼と称する一体型デジカメは900万画素で、イベント会場の展示物の撮影ではデジタル一眼を凌ぐ解像度を示した。しかし一歩外へ出て、輝度差の大きい場面の撮影では白飛びが激しく、一眼レフにかなわないことがわかったので手放した。譲渡先はIT関連のベンチャー会社で、若い社員に愛用されている。主にイベント会場や広告の撮影に使っているらしい。若い世代はコンパクトデジカメの使い方が上手で、一眼レフは好きでないようだ。 ポートレート撮影では、デジタル一眼なら600万画素機で十分である。私が好きなのは533万画素のニコン・D1Xに手ぶれ補正付きの80−400mmズームの組み合わせである。アマチュア向けの撮影会では、これくらいのズームレンズが必要で、しかも手持ち撮影だから、手ぶれ補正レンズとの組み合わせは絶妙である。ペンタックス・istDもポートレートに向いている。ただ、手ぶれ補正レンズがないので苦しかったのだが、新たに出た廉価版のK100D(610万画素)はボデイ内手ぶれ補正機構を持つので、タムロンやシグマの18-200mmが使えるようになった。軽量でモデル撮影ができるようになり、重いD1Xの代わりになるかもしれない。 「スナップ撮影」 ペンタックスのistDにいわゆるパンケーキレンズ21mmを付けると、35mm判換算で32mmになり、手軽で最高のスナップカメラになる。ペンタックスのパンケーキを使いたいためにボディをという向きには、廉価なK100Dが良いと思う。これならボディ内手ぶれ補正機構が組み込まれているので、望遠撮影も安心だ。 独特の画質を持つクラシックカメラ似のエプソン・R-D1が好きだが、もう少し軽くて機能的なものがあればと思っていたら、ニコンから軽量、安価で画質のよい入門機、D40が出た。カメラ部の性能も不足なくスナップ撮影向きではないかと思う。ただし、ボディ内レンズ駆動装置が省かれているので、ニコン・AF-S以外は対応せず、その他はマニュアルとなる。広角寄りの小型AF-Sズームを付ければ気軽なお散歩カメラになるだろう。 私が好きなスナップ撮影では、高画素機は必要でなく、ハーフサイズ600万画素機を使い続けるつもりである。 「風景撮影」 銀塩で風景を長年撮ってきて、デジタルに転向しようという人は、ハーフサイズよりも大きい撮像素子を持つ一眼レフを選ぶべきだと思う。銀塩の場合なら645判で撮っておけば何とかなるのだが、一般の(ベイヤー配列の)ハ−フサイズでは後で後悔することが起こりそうだ。解像度はともかく、グラデーションに関しては撮像素子が大きく、従って1個当たりの画素(フォトセンサー)が大きいものが勝るからである。 風景写真の巨匠、竹内敏信氏を初めとする風景作家たちが使うのはキヤノンの35mmフルサイズ機、EOS-1DsMark2(1670万画素)である。645判デジタル一眼より安いとはいえ、実売90万円ほどの値段である、しかもそろそろ新モデルが出る気配である。 私は、フルサイズ普及機、EOS-5Dが良いのではと思う。35万円台で、これに解像度の良い単焦点レンズを付ければ、大判引伸ばし、写真集などにも十分対応できるだろう。プロの写真家でも、これを風景撮影のメイン機に使っている人が多い。 5Dについて考えてみよう。1280万画素のCMOSセンサーを持つ。この半分の数値は640万であり、600万画素のハーフサイズ機のダイナミックレンジを持つことになる。高感度によるノイズも少ない。さらに解像度は600万画素ハーフサイズ機の2倍だから、風景写真にはハーフサイズよりもはるかに画質が良いことがわかる。デジタル写真ではレンズが命だから、最新のデジタル設計のレンズを選ぶ。銀塩時代の古い設計のレンズでは真価を発揮できない。広角寄りのズームレンズ、あるいは広角の単焦点レンズを付ければ鬼に金棒である。 私は、風景撮影にはハニカムCCDのフジ・S3を使っている。1234万画素でハーフサイズ機では最も多い。しかもダイナミックレンジは最も広く、破綻のない画質を示すので愛用している。来春1月末に発売予定の、新型スーパーCCDハニカムを搭載したS5が楽しみである。2月末に出るというシグマSDシリーズの3代目・SD14も風景撮影に向くのではないだろうか。 アマチュアはプロを参考にしながら、独自の道を探るべきだ。アマチュアならではのアイディアで新しいデジタル写真の道が開けるかもしれない。 上記のように、万能のデジタルカメラは存在せず、被写体によってカメラを選ぶ、これがデジタル写真の楽しさの一つである。高価なものが必ずしも良いとは限らない。まず、自分の得意分野の撮影に適したデジタルカメラを選ぶことである。 (追記17 06/12/29) 「やっぱりエネループ」 デジタルカメラは、大半がリチウムイオン充電池を電源とするが、少数の機種では単3型ニッケル水素電池を用いている。フジのSシリーズおよびペンタックスのistDシリーズとK100Dである。 リチウムイオン充電池は機種により形状が異なり互換性がないので、撮影現場で電池切れを起こすとお手上げになるのに対して、ニッケル水素電池は単3型アルカリ乾電池を使用できるのが利点である。何度かアルカリ乾電池に助けられている。 しかしニッケル水素電池にはメモリー効果のため保有する電気量が減るという欠陥があり、几帳面な人は過剰な充電を繰り返すので、意外に電気容量が減っていることが多い。電池を使い切ってから充電することになれば急な撮影行に間に合わないことも多い。また自然放電が激しく、1週間前に充電しても電気量はかなり減っている。 一方、エネループは充電済で売っており、バッテリーチェッカーで調べると使用可の緑ゾーンの中途まで電気容量を保有しており、15〜30分でフル充電(緑ゾーンの右端まで振り切る)の状態になる。一旦充電すれば1ヶ月程度なら、やはり15〜30分程度でフル充電の状態になるので、3組を充電するのに45分〜1時間半ほどで済み、急な撮影にも対応できる。 やっぱりエネループである。「電池、記録メディア、レンズ、Exif情報」参照。 (追記18 06/12/29) 「人生いろいろ」 これは前総理・小泉さんのワンフレーズ表現である。何となくわかった気にさせられるのだが、その根拠になる説明は一切なしである。 私のデジタル写真技術では総論、各論を詳細に記述してあり教科書的なのだが、これらを束ねる適切な言葉がないとデジタル初心者にはかえってわかりづらい面がある。 従って「デジタルあれこれ」ではワンフレーズで束ねることにした。文学的な表現もあるが、これをキーワードとして、説明を読んで理解してほしい。 (追記19 06/12/29) 「訂正にご注意」 2006年1月の写真展「デジタル写真10年間の歩み」には多数の方が来場して下さり、私のデジタル写真技術をプリントアウトし赤線を引いて勉強されている方もおられて感激した。 論文の主な論旨は変わらないのだが、数字の間違いは気づいた時点で訂正しており、新機種の試用に関しても、その評価が変わって新たに論文を追加することもある。 注目の新製品が出揃う2月下旬ころ、技術論の決定版を出したいと思っています。その際には新バージョンをプリントアウトして、ご利用願いたいと思っています。 (追記20 07/01/05) 「マデイラ島の空は青かった」 2000年暮れから翌年の正月にかけて、ポルトガル旅行をした。この時期は雨季で、ポルトでは雨模様のお天気だった。ポルトから避寒地として有名なマデイラ島へ飛び、お正月を迎える。ホテルからタクシーをチャーターして山岳地帯に行く。お天気も次第に回復し、ユーラシア大陸最西端の空の青さに驚愕した。日本では見たこともない紺碧の空である。 JPEG撮影でノーレタッチだから、この写真を見るたびに今でもマデイラ島の空を思い出す。記録性を重視する私は、JPEG撮影をメインとし、テスト的に試みた以外にRAW撮影はないのです。このHPの写真はすべてJPEG最高画質によるものです。 (追記21 07/01/05) 「二兎を追う者、一兎を得ず」 デジタル一眼レフをマスターするまで、銀塩カメラを捨てるべきだ。デジタルをマスターしてから、銀塩も使えばよい。銀塩とデジタルの両方をぶら下げている限り、デジタルは上達しない。 (追記22 07/01/05) 「コンピュータは番犬」 印刷ソフトに見られるように、コンピュータが強制的にデフォルト(初期設定)に戻る場合は別として、コンピュータの使用者が自らの意思で設定を選んだ場合、コンピュータは次の命令があるまで、その位置に留まっている。 メディアをコンピュータに挿し、つい画像の操作を加えて保存しようとすると、メディアに書き込みに行ってしまう。メディアのフォーマットとコンピュータのフォーマットは異なるので、メディアの画像データの数枚から数十枚が壊れてしまう。メディアのデータを失うのは、主にこれが原因である。「コンピュータは忠実な番犬である」ことを肝に銘じるべきだ。 (追記23 07/01/05) 「油断大敵」 またやっちゃった! ライフワーク完成に向けて、毎日執筆を続けている。便利さにかまけて、デスクトップに貼り付けて、何度も加筆・訂正していたところ、ウィンドウズが立ち上がらなくなった! 何せインストールしたソフトが多く、巨大な画像ソフトを扱うので、動作がおかしかったのだが、やはり壊れてしまった。 ただ、できた文章をウェブデザイナーへ送るため、USBメモリーに入れていた(インターネット専用機で送る)ので、半完成のものが1つ失われただけで済んだ。何台も使っているコンピュータのうち、単純作業のみの場合は何年もトラブルは起こらないのだが、画像処理用は1年くらいでOSが立ち上がらなくなることが多い。夜遅くまでCドライブをフォーマットし、OSを再インストールしたら、見違えるほど動作が速くなった。最少のアプリケーションソフトをインストールし、快適に動いている。油断大敵である! (追記24 変更 07/01/09) 「1万円デジカメは使えるか」 コンパクト型デジカメ嫌いではあるが、もう一度チャレンジしてみたいと思っていた。コンピュータ、カメラの年末大売出しである。DIY店の1万円ぽっきりのデジカメの広告を見て、買ってきたのがケンコー・DSC610である。610万画素の2.5型CCDと単焦点レンズ付きである。ISO感度は100,200,400まで。単3電池2本で動く。レンズは1mから無限の固定焦点、プログラムAEである。撮影結果は少し甘い解像感、周辺部光量落ちはあるが、ライカファンが古い個性的なレンズ(いわゆるクセ玉)を付けてレトロな風格を楽しむような雰囲気がある。デジタルズームが働かないよう、ワイド端で撮る。35mm相当程度の焦点距離のようで、撮れた写真もやけに派手でなく好感が持てる。完全オートで楽ちんである。レンズが良ければもっと画質が良くなるのだろうが、この値段では無理な話で、お遊び系デジカメとして楽しめるものだ。しかし作品に仕上げるには、戸外で液晶ビュアでの撮影は何とも頼りなくて、不恰好でも着脱式のフードが欲しいところだ。 人気の高いGR DIGITALには、とても及ばぬ画質だが、1万円デジカメとしては良くできている。GR DIGITALは外付けファインダーが使え、あらゆる設定がマニュアルで行えるところが人気の秘密だ。 フォトショップで自動レベル調整を行うだけで、さらに画質は良くなった。A4サイズはもちろん、A3ノビでも何とか鑑賞に耐える。本機は製造終了のようだが、楽しいカメラを入手できて喜んでいる。 1万円デジカメでここまで撮れるとは、恐ろしい時代になったものです。
(追記25 07/01/05) 「メディアからコンピュータへのデータ転送が最初の仕事」 追記22の事故を防ぐため、メディアをコンピュータに挿したら、コンピュータ内に作ったフォルダーへ転送する。画像を楽しむのは、そのあとである。これ鉄則です。 (追記26 07/01/05) 「1分で完成するトリミング」 デジタル写真の良さの1つに、トリミングの簡単さがある。35mm判フルサイズ、ハーフサイズのアスペクト比は2:3だから、フォトショップのトリミングの項で2,3または200,300と数字を入れ、カーソルを左上角に置いて、左クリックを押したまま右下角に向かってドラッグさせればよい。アスペクト比を保ちつつ、切りたい部分をトリミングし、「切り抜き」をクリック、あとは「別名で保存」「Tiff」と進む。これだけ2、3度トライしても1分程度で済む。デジタルの大きなメリットの1つです。 (追記27 変更 07/01/12) 「小さく軽くなったニイニッパ」 正確にはトキナーAT-X50-135ミリF2.8プロDXである。小さく軽くなった「ハーフサイズ専用ニイニッパ」は昨年発売された。35mm判換算焦点距離は、ハーフサイズ機のニコンおよびフジでは75-195mm、キヤノンでは80-208mm、シグマでは85-221mmとなり、35mmフルサイズの70(80)-200mmとほぼ同じになる。いわゆる「ニイニッパ」は大きく重く、持ち出すには勇気がいったものだが、本レンズはデジタルハーフサイズ専用に設計されており、長さ135mm、重さ845gであり、ニコンのAi ED 80-200mmF2.8の187mm,1300g、AF-S VR ED70-200mmF2.8の215mm,1470gと比べると圧倒的に軽く、「ニイニッパ」相当ズームを手軽に使えるようになった。ちなみにニコン18-200mmVRは96.5mm,450gである。これまで言われてきた、「フルサイズと画角が異なる」はこのズーム域については解決されたわけだ。 一方、シグマAFアポ50-150mmF2.8 EX DC HSMは、ニコンおよびフジでは75-225mmに相当し、長さ130mm,重さ770gでさらに小さく軽くなった。ニコン・VRズームの約半分の重さ、長さは60%である。晴天の戸外でもISO感度を400に上げ、木立や柵で身を支えて連写すれば、ブレのない写真が数枚は撮れるものだ。 デジタルハーフサイズ専用レンズを開発するシグマに期待している。 (追記28 07/01/05) 「フォーマットは命」 ここで言うフォーマットとは初期化のことではなく、カメラによって異なるアスペクト比を持つ「判」のことだ。35mm判、同ハーフサイズ判は2:3であり、66判は正方形である。ほかに645判、67判など。それぞれが思い入れのあるフォーマットだから、紙焼きもフォーマットを崩さないようにしたいものだ。 (追記29 07/01/05) 「小さいことは良いことだ」 OSもアプリケーションソフトも小さいほうがキビキビと動くが、ソフトが大きくなるとコンピュータの動作が遅くなる。新しいOSとアプリケーションソフトとの相性が悪く、せっかく構築したシステムが壊れて苦しむことになる。印刷、ウエブデザインなどのプロは、決して新しいOSに飛びつかないものだ。 (追記30 07/01/12) 「コンパクトデジカメはビジネスツール」 アサヒカメラとアサヒカメラDIGITALの筆者22人が選んだ「ベストカメラオブザイヤー2006」がアサヒカメラ2006年12号に発表された。そのなかで、コンパクトデジカメの部類で1位に輝いたのはキヤノン・IXY DIGITAL 900 IS(2.5型710万画素CCD)である。推薦者の言では、手ぶれ補正と顔認識機能があり、フォトキナで大活躍したという。 この機種を使わせてもらった経験では、まさにビジネスツールだと思った。一般に撮像素子が小さいデジカメでは、焦点深度が深く、ボケのテクニックは使えないのだが、逆にカタログ用の商品撮影には威力を発揮するというメリットもある。 手に取った感じは金属製のボディは高級感があり、ISO感度も1600まで可能。書類のコピーも驚くほど鮮明で、液晶ビュアのほかにファインダーも内臓、戸外での撮影もOKだ。完全オートで楽ちんである。屋外の撮影でも一応の画質を示す。ただ、一般に言えることだが、カメラ雑誌に載るコンパクトデジカメの画像は、「やらせ」とは言わないまでも、かなりメーカー寄りの写真が多いように思う。デジタルカメラによる作品としては、撮像素子の大きいデジタル一眼か、これに準ずるデジタルカメラにはかなわない。この機種は4万円台後半の値段で、決して安い部類には入らないのだが、ビジネスツールとして所有したいという気にさせるデジカメであることは確かである。 コンパクトデジカメ愛用者から、デジタル一眼との違いを問われることが多いのだが、説明が長くなり困ってしまう。 このHPの「フォト&エッセイ」の写真はGR DIGITAL以外のすべて、「さまざまなデジタル写真」のすべて、「折々の花」のすべてがデジタル一眼とこれに準じるデジタルカメラの撮影によるものです。デジタル写真技術のなかの「画質について考える(1) (2) (3) (4) (5) (6)」にも多数の写真が載っています。また口絵の写真もデジタル一眼によるものです。 さあ、ゆっくりとご覧下さい。コンパクト型では逆立ちしても、この画質は得られないことがお分かりでしょう。しかし、デジタル一眼をマスターするには、大変な努力を要することも覚悟して下さい。 (註)左にある橙色の矢印をクリックすると、口絵の写真が替わる。アトランダムに出現するが、何度かクリックすると7種類の写真が見られる。 (追記31 07/01/12) 「お化けコンピュータ」 コンピュータショップでお化けコンピュータと称して、画像処理用のハイスペックのコンピュータを作ってもらっていた。いよいよWindows Vistaの発売が近づき、メーカーは対応機の製作に追われている。OSもアプリケーションソフトもバージョンアップにより肥大化する。スリムになって使いよくなるのではなく、屋上屋を重ねるように肥大化するのは困ったものだ。VistaではXPの倍のメモリーが要るという。最低で1GB、できれば2GBというわけだ。これをそっくりXPに流用すれば、最高のスペックになる。値段もそんなに高くならないだろうから、この手で行こう。今すぐVistaに移行する必要はないと思う。また、メモリー256MBや512MBのコンピュータが安売りされるだろうが、手を出さないほうが賢明です。 (追記32 07/01/12) 「団塊の世代」 2006年12月21日の朝日新聞朝刊に「団塊世代の定年」と題する大きな記事が出た。700万人ともいわれる、07年以降に定年を迎える団塊世代を目当てにしたビジネスが活況だ。予想される退職金の総額は45−60兆円。突然出現する富裕層を目当てにして、様々な業界が考える企画を探った。 静岡県伊東市では昭和30年代の町並みを再現した住宅の販売計画が進んでいる。 団塊の世代にとって、切っても切れないのが音楽。「楽器挫折者救済合宿」には毎回、数人の団塊世代が参加する。2泊3日で、講師が付きりで指導してくれる。延べ600人が参加したが、約2割が団塊の世代だった。 消費者教育団体・ベターホーム協会は60歳からの「男の基本料理の会」を新設した。全国約80クラスではほぼ定員いっぱいの状態が続いている。 旅行業界では2週間から半年の長期間、海外に滞在するロングステイというジャンルが登場した。 また、トライク(三輪バイク)が人気だ。値段は200−600万円と高価だが、自動車の免許で乗れ、車庫証明も必要なく、売り上げを伸ばしているという。 (追記33 07/01/12) 「チャップリンの言葉」 「この人生は、どんなにつらくとも生きるに値する。そのためには三つのことが必要だ。それは、勇気と希望とサム・マネー(some money)だ」というチャップリンの言葉を、英語の素人がひどい誤訳をしてテレビのコマーシャルで流れました。「勇気と希望と僅かのお金」と訳したのです。チャップリンがこんな馬鹿なこと言う筈がない。もう10年ほど前のことです。団塊の世代の方々、この誤訳をどう思います? someは(little)と(much)の間であって、「小金」とか「ある程度の額のお金」と訳すべきです。サム・マネーは人によって、数千万円のことも数億円のこともあるでしょう。チャップリンにとっては、気の毒な誤訳だったと思っています。この誤訳は、今でもインターネットで生きているのです。 (追記34 07/01/12) 「画像処理用コンピュータとインターネット専用機に分ける」 画像処理用コンピュータにはメール受信の設定をしない。ただ光ファイバーとはつないであり、自分のHPはもちろん、ほかのサイトもブラウジングできる。インターネットには専用機を用いる。快適です。 (追記35 07/01/12) 「ウイルス対策ソフトはコンピュータの動作を不安定にする」 私のバックアップ用のメイン機(1TBの外付けHDD2台接続)は、上記の方式なのだが、ウイルス対策ソフトが必要かと思い、1980円の安いソフトを入れていた。ところがOSが一度に立ち上がらず、数回リセットを掛けねばならぬ状態となった。メール受信の設定をしていないので、ウイルス対策ソフトは不要とわかり、削除したところ、問題なく一度で立ち上がるようになった。ウイルス対策ソフトはコンピュータの動作を不安定にする。まして、いやらしいメールを排除しようと設定すると、さらにコンピュータの立ち上がりも遅くなり、動作が不安定となる。 私のところに未成年者はいないので、インターネット専用機の不良メールを、毎日、手動で行っています。 (追記36 07/01/12) 「日本の写真家」 小学館から「名作写真館」(小学館アーカイブベスト・ライブラリー)が出版された。その内容は次の通り。
これらの写真家に共通するのは「ひたむきさ」である。 決めたテーマに向かって全力で走る。生活そのものが写真なのである。この写真集に集約された人々は、日本を代表する写真家である。物故された歴史上の巨匠たち。少し写真に興味がある人なら、木村伊兵衛、土門 拳の名は知っているし、写真愛好家なら、これら大半の写真家の名をご存知に違いない。これらの写真家は銀塩写真の大家ではあるが、デジタルを併用している新進の写真家もいる。今後、これだけの銀塩写真集は出ないだろう。銀塩写真最後の巨匠たちである。 新世代の六人とは、金村修、鈴木理策、オノデラユキの男性3人と川内倫子、蜷川実花、やなぎみわ、の女性3人である。早くから海外で個展を開き、国際的に認められた全く新しい感覚の若い写真家たちである。写真も時代とともに変わる。私のような老人にはその良さがいまひとつ分からないのだが、評価はもう少し待たねばならないだろう。 (追記37 07/01/12) 「反デジタル派」 赤瀬川原平、秋山祐徳大子、高梨豊の3氏はライカ同盟のメンバーで、ライカにフィルムを詰め、路上観察と称して、正体不明なモノを撮影して喜んでいる。 赤瀬川原平氏は画家であり、写真家であり、芥川賞作家であり、「老人力」という言葉を発明したり、多才でユーモアあふれるお方だが、大のデジタル嫌いで、一時ペンタックス・istDの広告に出ておられたが、すぐ引っ込んでしまわれた。エプソン・R-D1やリコー・GR DIGITALをお使いになれば、認識を改められると思うのだが。今回のライカ・M8の件ではすっかり元気を無くされたようだ。 日本人のライカ好きは異常で、生産終了のクラシックライカの大半が日本に集まっているらしい。これらのカメラが盛んに売買されても、ライカ社の収益にはならないわけで、ライカ社では社運を賭けてデジタル化に踏み切ったわけだ。ライカはお金持ちのオジサンたちの道楽で、若い人は「ライカって何?」と言うらしい。 (追記38 07/01/12) 「銀塩プロラボの現状」 某プロラボの見学に行った。大判プリントを行うのは、5,6人が入れる浴槽のような大きさのプロセッサーで、費用も1000万円以上もするという。引伸器は見せてもらえなかったが、おそらく巨大なものなのだろう。全体の設備投資はかなりの額になるに違いない。 銀塩写真の注文が減れば、廃業に追い込まれるプロラボも続出し、特定の大手だけが生き残ることになるだろう。また、これまでのように銀塩専門ではなく、デジタル写真も扱うプロラボに方向を転換して行くことだろう。 (追記39 07/01/12) 「銀塩文化とデジタル文化の融合」 歴史と伝統のある銀塩文化にデジタルで立ち向かうに際して、余りにも安易な態度で接して欲しくないと思う。暗室も不要になり、明るくクリーンな部屋で快適に仕事ができるわけだが、それなりの設備投資と研究が必要であることを忘れてはならない。デジタル一眼はほとんどのジャンルで銀塩を凌駕したが、まだ銀塩が優れていると思われるジャンルもあり、両者を合わせて新しい時代の写真と考えるべきだろう。 (追記40 07/01/12) 「メーカー保証外は本当か」 2002年夏、キューバへ第1回目の撮影旅行に行き、同年の暮に写真展を開いた。プリンターはエプソン・PM-4000PXを使った。私は写真用光沢紙を使ったのだが、来場された方から、エプソンは半光沢紙を推奨しており、光沢紙は保証外であると聞かされた。半光沢紙の絹目調が出てからは、こればかりを使うようになったが、このプリンターで絹目調に印刷すると暖色系の画質を示し、被写体によっては具合が悪いと思うこともあった。その後購入したエプソン・PX-G5000は逆に寒色系で、冷たい感じが気になることがあった。 試みにPM-4000PXで光沢紙に印刷すると、その中間の画質を示すことがわかり、その後は、被写体によりPM-4000PXに絹目調、光沢紙、クリスピアなどいろいろ試みている。PM-4000PXはプロにも愛用されるプリンターで、発売後6年にもなり、当初のメーカーの保証、保証外を問題にする必要はないと思う。2002年暮に光沢紙にプリントした写真は、何の問題もなく健在である。 (追記41 07/01/12) 「デジタル一眼はむつかしい」 コンパクトデジカメでオート撮影をしていた人が、デジタル一眼に移行すると、そのパラメータの多さに目を回し、早々にコンパクトデジカメに舞い戻ってしまう。銀塩一眼レフからの移行組も、ふたたび銀塩に戻るケースが多い。オートブラケティングも露出補正のほかに、ISO感度、ホワイトバランスも可能な機種が出て、いよいよRAW撮影の出番はなくなると嬉しくなるのだが、初心者には何が何だかわからないらしい。 (追記42 07/01/15) 「インターネット情報を信用するな」 例のチャップリンの言葉をインターネットで調べてみた。 「some money」について、ほんの少しのお金、少しのお金、いくらかのお金、などが多く「サム・マネー」と記述した1件もあった。チャップリンのファンクラブもあるのだが、この件に関する記載はない。このように、いったんインタ−ネットに情報が流れると、とめどなく誤った情報が垂れ流しになる。情報源としてインターネットを利用するには注意が必要だ。 (追記43 07/01/15) 「印刷ができない」 コンピュータにつないだプリンターで最初に遭遇するのがこれ。プリンターの故障かと思いメーカーに送って、やっとその理由がわかる。プリンターとは不思議なもので、いったんプリンターに送られた印刷情報は、プリンターの電源を切っても、コンピュータの電源を切っても、リセットをかけても消えないという性質を持っているのです。送った印刷情報で印刷しようとして、何らかのエラーが発生すると、その後いくら次の印刷情報を送っても、何の反応もしないのです。この解決策は、エラーが発生した印刷情報を取り除くことなのです。 「コントロールパネル」「プリンターとFAX」からプリンターのアイコンをクリックすると印刷情報が出る。エラー表示の印刷情報を削除する。 エラー表示の印刷情報を選ぶ。「ドキュメント」をクリックする。または右(!)クリックでも同じことができる。下に現れたキャンセルをクリックすれば、エラー印刷情報が削除される。そのあとに追加した多くの印刷情報がつまっているので、一括選択して同様のことを行えばすべての印刷情報が削除される。 プリンターのトラブルが発生した場合、すぐにプリンター内の印刷情報を見ることです。 (追記44 07/01/15) 「HDDの寿命は2年」 高速化と大容量化によりHDDの寿命は短くなった。平均2年くらいというのが常識になっている。もちろん2年以内に壊れることも、2年以上もつこともあるが、2年と考えて万全のバックアップ対策を取るべきです。 (追記45 07/01/23) 「写真とは何か」 「飯沢耕太郎著:ジャパニーズ・フォトグラファーズ(白水社、2005年12月)」14人の写真家たちの「いま」 「宮嶋康彦著:脱「風景写真」宣言(岩波書店、2006年3月)」を読む。帯には「美しいだけではない個性的な作品はどのようにして生み出されるのか」とある。アマチュア向けの啓蒙書である。 著者は高校時代に写真部に入り、すでに頭角を現す。以後、独学で写真家の道を歩む。 29歳のとき、身近な者を亡くした畏れから中古のワンボックスカーに家財道具を積み、日光市の山中に引っ越してしまう。文中に彼女とあるから、恋人だったのだろう。奥日光を歩き、死者の声を聴く。生あるものは、すべて土に還るという強烈な考えはこの時代の産物である。花はもちろん石も砕けて、やがて土に還る。日光小田代原に立つ一本の白樺。この白樺を撮るためにカメラクラブなどがバスをチャーターして小田代原に入ってくるようになる。 6年暮らした日光の山から東京へ戻ってからも、月2-3度は奥日光に足を運ぶ。 写真教室の高齢者たち、特に関東方面では写真熱はスゴイらしい。写真家も関東に在住する人が多いし、カメラ雑誌の出版社も東京にあるので、高齢者の写真熱は京都以上らしい。撮影サイトにバスで来て、一斉に三脚の放列である。日本のカメラ産業を支えてきたとはいえ、これでは何年やっても芽がでないだろう。師匠を超えることは不可能なのだ。自分のテーマを見つけて独自の世界を開くことだ、と彼は主張する。 生業はワンボックスカーに寝泊まりしながら、全国どこへでも出かけてゆく。完璧主義者である。愛する者を亡くしたトラウマから、徐々に回復し、桜前線、紅葉前線、蛍前線などを追って全国津々浦々を移動する。カメラはオリンパス・E-500に14-54mmズームのみ、かなり古いデジタル一眼である。もし、このような過激な撮影行を60歳代、70歳代、時には80歳代の高齢者に推奨するなら、ひどい話である。老化と病気がちの高齢者は近場に撮影場所を見つけ、そのなかでテーマを見つけるべきだろう。著者は、はっきりとは書いていないが、文脈から、写真に熱心な高齢者層を指しているようだ。この老人たちは年1回のグループ展を楽しみにしており、個展や写真集の発行などは考えていない人が多い。写真集ともなれば、文章も書かねばならず、まず無理だろう。ご老人の子供たちも、親が達者で生きていてくれることがいちばんなのだ。買いかぶってはいけないと思う。 私の場合、京都に在住するメリットを利用している。桜、紅葉、3大祭りの際は、京都のホテルはどこも満杯で長期滞在はむつかしい。三大祭りの指定席を取るには京都に在住していないと無理だ。紅葉の時期は天候が変わりやすく、とても短期間の滞在で満足のいく写真を撮ることはできない。京都には「日本の写真家」に載った水野克比古氏という、京都の神社・仏閣の専門家がおられ、京都在住のプロも彼にはかなわないと、遠慮してしまう。従って、この時期、京都は水野氏とアマチュア写真家の天国となるのだ! この本では、宮嶋氏は依頼を受けた写真はオリンパス・E-1という2003年10月発売のフォーサーズ機(500万画素)に14-54mmのズームレンズを付けたもので軽く撮っている。雑誌や写真集に載せるにはオフセット印刷が必要で、150線、つまり350dpiが必要とされる。このカメラでは19×14cmの大きさにしかならない。私はフォーサーズ機でもオリンパス・E-330(750万画素)かE-500(800万画素)くらいが良いと思うのだが、E-330で23×17cm、E-500で24×18cmで、やっとB5判サイズにオフセット印刷ができることになる。ところが、前著・宮嶋康彦:写真家の旅(日経BP社、2006年1月)の内容とは全く異なる。この写真論は架空の写真論のようだ。彼の完璧さはわかるのだが、モノクロ撮影の目的について、観る人のイマジネーションを残すため、と一刀両断で述べているにはガッカリした。撮られる側の気持ちには一言も触れられていない。この写真論は、特に目新しいことを述べているわけではない。反面教師としては参考になる点はあろうかと思う。 私が好きな写真集を挙げておこう。 北川幸三著:風が運んだ救援隊(長征社、1996年10月) 鈴鹿竹二写真集:琵琶湖周遊(東方出版、2001年9月) ほかに買った写真集は、なぎら健壱:東京のこっちがわ(岳陽舎、2006年10月)、椎名誠:風まかせ写真館(朝日新聞社、2002年4月)、大西みつぐ:下町純情カメラ(竢o版社、2004年10月)である。これらの写真集から、著者の人格が伝わってくる。写真は撮影者の人格を表すと思うのである。 不思議なことに宮嶋康彦:写真家の旅(日経BP社、2006年10月)も買っている。これはいい写真集だと思う。 この写真集の内容と写真論の内容は全く異なり、この写真論は都合よく作られたものであることが分かる。著者の誠実さが疑われるものだ。 (追記46 07/01/23) 「病院と写真」 大病院に麗々しく飾られている大きな写真。だれそれ寄贈の銘板と高価な額に入れられている。 入院期間を含めて約3年間、この病院に通っている。ギャラリーでもない、薄暗い場所に飾られたこれらの写真を見るのだが、いまひとつ、その意味が分からない。廊下を通る人々も一瞥もせずに通り過ぎて行く。これらの写真はどういう経緯でここにあるのだろう。 病院側から有名写真家にお願いして寄贈してもらったのだろうか。それとも、病院で命を助けてもらった写真家の患者さんが寄贈したのだろうか。もしそうだとすれば、この種の写真は選ばないはずだ。 結局は、病院当局にその権限はなく、京都府建築課が新しい公共建築物を建てるたびに、写真を設置しているのだと分かった。なぜなら、アルコーブ風にしつらえられた場所に、立派なポールと太いロープで守られた場所に作品が飾られているからである。 病院に飾るにふさわしい写真とは、生きる希望が湧くような明るい写真である。死の匂いのするような写真はふさわしくないのである。 さて、府立病院に飾られている写真を絵心のある妻と仔細に観察したところ、これらの作品は日本画、あるいは工芸美術画であることが判明した。私は写真だと思っていたので、技術的にかなりむつかしいと思っていたのだが、これで謎が解けた。ここには3点の写真があり、左から作品名、山村(日展入選作品)、作者 横江正義、寄贈者、横江正義、季節感の乏しい山村の風景、淡い色彩の作品である。 廊下の反対側には、アブストラクト風の郷という作品、作者名略、京都ライオンズクラブ寄贈、薫風という、風景画風の樹の作品、京都ライオンズクラブ寄贈の2点がある。 病院には患者さんのほかに、付き添いの家族、見舞客、医療従事者、業者などが往来し、一度見れば、二度と見たいと思うほど魅力のある作品には思われない。この病院の前には京都府立文化芸術会館があり、美術展が絶えず行われており、こちらなら、芸術作品の展示には最適の場所なのだろうが、公共建築物の展示作品としては、もう少し病院向きの楽しい作品もありうるだろうに、と思ってしまう。 数年前、妻が某私立病院に入院したとき、長い渡り廊下に寄贈のインドの死生観を表す巨大な写真が飾られていた。手術がうまいと評判のこの病院で、妻は肺がんの疑いで手術を受けることになっていた。手術の結果、幸いにもガンではなかったのだが、どうしてこのような写真を飾るのか理解に苦しむのである。私はこの渡り廊下を、顔をそむけて通り抜けたものだ。これは病者の心を解さない健常者、いわば強者の写真である。「困ったときのインド頼み」である。内輪のサロン写真である。コワイもの見たさのインドである。本当にインドで死にたいと思う日本人はいるのだろうか。インドで死んだという話を聞いたこともない。病者の心の苦しみを癒す写真、これが病院に求められていることを、病院も理解して欲しい。 (追記47 07/01/23) 「ボランティア活動とは、まず本人が楽しむこと」 2005年10月、病院の採血室で泣き叫ぶ子らを見て、何とかならないかと思ったのが始まりである。雑誌の切り抜き程度しか貼られていない殺風景な採血室である。何とかしたいとい思った。子供たちが喜ぶ仮面ライダーや鉄腕アトム、ドラえもんにいたるまで、版権に触れないよう、街へ出て写真を撮った。仮面ライダーは東映映画村、鉄腕アトムは京都駅北口、ドラえもんは近鉄百貨店屋上のプレイランドである。そのほかにも、以前撮りためたウルトラマンなどの写真があり、これを採血室に持っていったところ大歓迎された。 子供の目線の高さに写真を貼り、子供たちの表情がやわらいだ。付き添いの母親との会話も生まれた。次いで、時代祭の写真を持って行ったところ、患者さんに喜ばれた。この採血室では外来患者のほか、まだ元気な入院患者まで、1日1000人ほどの採血があるという。入院中の患者さんが、もう御所の紅葉は見られないと思っていたのに、ここで立派な紅葉を見せていただて、と感激されたとのとの話を聞いて写真家冥利につきると嬉しかった。水曜日、採血室へ行くたびに、何枚かのデジタル写真と、時には1000円程度の安いA3またはA3ノビの額も寄贈することが多い。病院ではコンクリートに釘を打つだけでも営繕課の世話にならねばならず、思うにまかせない。この額なら軽量で、接着テープつきのハンガーで支えることができる。 肝炎ビールスやHIV感染の恐れのある針刺し事故に細心の注意を払いながら、患者さんに優しく接する看護婦さんたちも、癒されると言ってくれるのは嬉しいことだ。だが、言わば黙認の状態であって、少し心苦しく思っていた。2006年10月ごろ、気持ちを察した看護婦さんが、病院の管理者である山田知事あての寄付願いを用意してくれ、これを提出することで、お墨付きを得たわけである。なんの注文もせず、自由にお使い下さいと写真を手渡すだけなのだが、看護婦さんたちも写真のレイアウトを考え、楽しんでいる模様だ。癒しの写真などと、撮影者の口からは言えないことだが、皆さんがそう言って下さるのは嬉しい。水曜日、看護婦さんたちは笑顔で迎えてくれる。病院の中で、もっとも心が休まる場所だ。体調が悪く、もう来れないから、代理のものに持って来させるといっても、どうかがんばって写真と一緒に来て下さるのを待っていますという。デジタル写真は銀塩写真に比べてメリハリがあり、よく目立つので、このような場所での展示には最高である。最近では車椅子に乗って通っている。 (追記48 07/01/23) 「ホモ・ルーデンス」
この2枚の色紙、読めますか。私が好きな言葉です。そう、1枚目は「一期一会」ですね。2枚目はどうでしょう。読める人と読めない人と半々くらいです。 1996年、周防正行監督の映画「Shall we ダンス?」が公開された。役所広司(杉山)、草刈民代(岸川 舞)、竹中直人、渡辺えり子、柄本明、徳井 優などの個性派俳優たちも共演し、大ヒットとなった。マイホームと会社を往復するだけの経理課長・杉山は、電車から見えるダンス教室の窓から物憂げに外を見る舞に惹かれ、意を決してダンス教室のドアを開く。グループレッスンでダンスの練習を始める。そこで、会社の冴えない独身男・竹中直人(青木)がこのダンスホールのメンバーであることに気づく。徐々にダンスにのめりこむ杉山。個性派俳優に囲まれて話は進む。この映画が公開された翌年の1997年、妻とニューヨークのデパートを訪れたとき、女性店員が駆け寄ってきて、「Shall we ダンス?」が面白かったと語りかけてきた。日本ではビリー・ワイルダーばりのこのような人情喜劇はなかったので、アメリカでも注目を浴びたようだ。同じように仕事一筋のニューヨークっ子たちもダンスに熱中し始めた。ただ最後は舞がダンスの修行のために、イギリスに行くことになり、ラストダンスを杉山と踊り幕となる。さて、この結末は意味深長である。杉山はおそらくダンスをやめるのではないか。再び、無趣味なサラリーマンに戻るのではないか、との予感がするのである。2004年、アメリカ版の「Shall we Dance?」がリチャード・ギア主演で公開された。こちらは訴訟問題を引き受ける敏腕弁護士が主人公で、いまひとつ心満たされるものがなく、ダンスに熱中することになる。前半は日本版「Shall we ダンス?」のあらすじ通りだが、最後はアメリカ映画らしくハッピーエンドになる。最後のダンスコンテストに現れたのはリチャード・ギアの妻だった。いかにもアメリカ映画らしいエンディングで、むしろこの方が安心して観られる映画だった。 ダンスもよし、いわゆる体育会系の趣味もいいのだが、高齢になって、家にいてできる趣味も必要ではないか、というのが私の意見である。 「遊びやせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さへこそ動がるれ」は「梁塵秘抄」に収められた有名な歌。「梁塵秘抄」とは平安時代の歌謡集で、編者は後白河法皇と伝えられている。この痕跡がないかと思い、三十三間堂を訪れたのだが、それらしきものは存在しなかった。ただ、三十三間堂の仏様を見て、最後の記念品を求めて立ち寄った売店で、高僧が書いたと思われる色紙が売られていた。高いものかと思ったが、下請け業者が書いているらしく、たったの1000円だった。 (追記49 07/01/25) 「マウスは最高のものを使う」 マウスには1000円未満の安いものがあるが、デジタル写真の写真処理には専門業者のマウスを使うべきだ。それはロジテックの製品である。高いものから安いものまであり、3000円〜5000円程度だが、私は3000円台のものを使っている。実はDellのマウスが初心者には使いにくかったので、これに代えところ抜群に使いよくなった。 (追記50 07/01/25) 「病院の写真について(2)」 前回述べたが、病院には明るい生きる希望が湧くような写真を飾ってほしい。 私見だが、「日本の写真家」に載っている、私が尊敬する三好和義氏撮影が撮影した南の島々の写真がいいのではと思う。タヒチ、ハワイ、モルジブなどのメリハリのきいたデジタル写真を飾ってもらえば、患者に生きる希望を与えるだろう。彼はデジタル写真の大家でもあり、最近ではデジタル撮影がメインとなっている。大げさなアルコーブ風ではなく、壁面に数枚のデジタル写真を飾ればいい。元気になってこんな島々へ行ってみたいとの希望が湧くだろう。顔料系の写真なら半永久的に褪色しないと思われるが、一応5年程度の契約にすべきだろう。永久的というのはよくないと思う。 その他の階にも、写真家寄贈の写真があるが、病院向きの写真とは思われない。 京都府立医大写真クラブが展示している写真は、必ずしも上手とは言えないが、時々入れ替えられており、写真好きの私は病院へ行くたびに鑑賞している。広い病院の廊下は写真展示には絶好の場所ではあるが、目に優しく、心に安らぎを与えるような写真であって欲しいと思うのである。 (追記51 07/01/25) 「海外撮影には英語が必要」 おしきせの海外ツアー旅行でいい写真を撮ろうと思っても無理である。やはりプライベートな撮影旅行ともなれば最低の英語力がないとダメである。 私は40代のころ、文系志望の長男の受験をまじかに控え、父親が遊んでばかりではと思って始めたのが英語の勉強である。若い人々と一緒にECCで学びつつ、長男とアサヒイブニングニュースを使って「天声人語」の英訳に挑んだ。英検2級を取ったあと、1級を狙って年2回、10回ほど受験したが、年齢的に無理であることがわかった。2級と1級の間を埋める準1一級の制度ができて合格、海外撮影旅行に不自由しなくなった。新聞一面の記事も辞書なしで読めるようになった。ちなみに、準一級の資格は高校の英語教師に求められている能力である。長男も準1級に合格した。これで、一応の英会話力もつき、big wordが主体の新聞記事では、スペイン語でも大意を把握できるようになった。例えば英語のcommanderはスペイン語ではcomandanteである。 (追記52 07/01/26) 「デジタル一眼レフ&デジタルRF激辛総合評価」デジタルカメラマガジン(DCM)2月号 「デジタル一眼レフ、デジタルRF、中判デジタル全25機種、格付け徹底比較」のうち、ハーフサイズ機の部では第1位フジフィルム・FinePixS5Pro、第2位ペンタックス・K10D、第3位キヤノン・EOS 30D、第4位ニコン・D200、第5位ニコン・D80、第6位ニコン・D2Xs、第7位キヤノン・EOS Kiss X、第8位ソニー・α100、第9位ニコン・D40、第10位ニコン・DH2Hsであったと正直に記載している。他のカメラ雑誌では他社(特にニコン)に対する遠慮があり、ここまではっきりと書いたものはない。さすがデジタル専門誌の老舗だと嬉しくなった。 (追記53 07/01/26) 「Film or Digital Final Annswer」カメラマン2007年1月号 [結論] デジタルカメラの画像とフィルムの画像を比較してみると、1240万画素の画像は完全に35mmフィルムを凌駕し、ブローニー判フィルムをも超えるかと思われる解像感である。しかも余力を残しており、撮り方によっては4×5判に迫る画像を得ることができそうだ。ただし1000万画素を超えると使用するレンズによって画質が大きく変わるので、レンズ選択は十分注意しなければいけない。 この結論は、私の意見と同じであることがわかった。もはやデジタルの勢いは止めることができない。 (追記54 07/01/26) 「某社の銀塩レンズがあるから某社のデジタルカメラに決めるのは正しいか」 聞くと通販で買った安いキットレンズらしい。このような安レンズをデジタルカメラに使うのは意味がないので、この考えは捨てるべきだ。 (追記55 07/01/26) 「カメラからプリンターまで同一メーカー製にするのは正しいか」 これは機械モノを知らない人がやりがちだが間違い。機械にはそれぞれの専門メーカーが技術を競っている。デジタル関係の展示会で、某社の大判プリンターが展示されていたが、色調が気に入らなかったので、その件を尋ねたところ、説明の技師は「いい色を出すにはRAW撮影が必要」とノタマッタものだ。私は直ちにエプソンのコーナーへ行き、その色調が気に入って契約した。結果は正解で海外でもプロはエプソンの大判プリンターを使うようになった。オーディオでもホームシアターでもそれぞれの専門メーカーがある。スピーカーでもクラシックならタンノイ(私はインフィニティを使っている)、ジャズやポップスならJBLである。専門メーカー製を選ぶべきである。
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